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語り継ぐ戦争の実相と運動の継続で核兵器廃絶と恒久平和を実現しよう~連合2026平和行動 in 広島~
掲載日:2026年8月17日
8月5日(水)~6日(木)にかけて、「連合 2026平和行動 in 広島」が開催されました。連合東京からは大辻組織局・局長と目時労働局部長、3ブロック地協、オールユースの代表者など合計6名が参加しました。
連合東京派遣団は4日(火)に広島に入り、午後には広島平和記念資料館を見学しました。広島平和記念資料館は3年連続過去最高の来場者数を記録しているそうで、この日も国内外から多くの人が訪れていました。
翌日は連合2026平和ヒロシマ集会、連合・原爆死没者慰霊式に参加しました。
上野学園ホールにて開催された「連合2026平和ヒロシマ集会」には、全国各地より地方連合会、構成組織の代表団1,739名が結集。冒頭、芳野友子連合会長、大野真人連合広島会長、吉松亨広島県副知事、山藤貞浩広島市市民局国際平和推進担当局長より挨拶がありました。
続いて、連合「核兵器廃絶2026ニューヨーク行動」活動報告、被爆体験証言、高校生平和大使による若者からのメッセージの後、連合広島から連合長崎へのピースフラッグリレーが行われました。最後に、藤原里栄連合広島女性委員会委員長による平和アピール(案)読み上げの後、閉会しました。
夕刻には原爆ドーム前での「連合・原爆死没者慰霊式」に参加。全員での黙とうと献花、代表者による献水が行われました。
最終日は、広島市立大学で行われた「長崎平和の鐘打鐘式」に参加しました。連合本部、連合広島、連合長崎とともに、原爆投下時刻である8時15分に黙とうを捧げ、その後、一人ひとりが平和の意を込めて打鐘し、全行程を終えました。
参加者一同は改めて戦争の悲惨さを実感し、核兵器廃絶・恒久平和実現への決意を胸にしました。
★参加者の感想★
広島を訪れるのは高校生の頃以来でした。同じ場所を訪れているにもかかわらず、歳を重ねた今だからこそ、当時とは違った視点で戦争について考えることができました。
特に印象に残ったのは、自分と同じくらいの年齢の方々や、もっと幼い子どもたちが、突然日常を奪われ、生きるために必死に日々を過ごしていたということです。自分が今当たり前のように過ごしている毎日と重ねて考えると、それは決して遠い昔の出来事ではなく、私たちと同じように普通の生活を送っていた方々に起きた現実だったのだと感じ、胸が締め付けられる思いでした。
戦争を実際に経験された方々が少しずつ減り、年月が経つにつれて、私たちの中で戦争の恐ろしさや記憶が薄れていくこともあると思います。だからこそ今回、実際にその経験をされた方の言葉を直接聞くことができたことは、とても貴重な経験でした。原爆ドームや資料館で目にしたもの、そして直接聞いた言葉を、単なる「過去の出来事」として終わらせてはいけないと感じました。今回の経験を自分の中だけで終わらせず、これからも戦争について知り、平和な日常が決して当たり前ではないことを忘れずに、平和とは何かを考え続けていきたいと思います。
東部ブロック地協
箭内 奏依(情報労連東京・NTT労働組合東京総支部)
これまでも学校教育や報道を通じて原爆や戦争の悲惨さを学んできましたが、実際に広島を訪れ、平和記念資料館や原爆ドームを目の前にすると、その重みをより強く感じました。
特に印象に残ったのは、多くの子どもたちも原爆の被害にあったという事実です。家族や日常、未来を一瞬で奪われたことを思うと胸が苦しくなりました。
原爆ドーム前では献花を行い、81年前の出来事に思いを馳せながら、今の平和が決して当たり前ではないことを実感しました。
ピース・ウォークは猛暑のため中止となりましたが、現地を訪れたからこそ感じられたものがありました。
今も世界では戦争や紛争が続き、同じように子どもたちの未来が奪われています。広島で起きたことは過去の出来事ではありません。
私たちにできることは、まず知り、忘れず、そして自分の経験を次の世代へ伝えていくことだと思います。
今回の経験を一度きりで終わらせず、これからも平和について考え続けていきたいと思います。
西北部ブロック地協
佐々木 舞(JP労組東京)
戦後81年となる2026年、平和行動の派遣団の一員として広島を訪れる機会をいただきました。
これまで広島を訪れた経験はありましたが、平和行動の一員として参加することで、普段の観光では見ることのできない視点から広島の歴史や平和について考えることができました。
広島平和記念資料館では、原爆によって多くの尊い命が一瞬にして奪われたこと、そして生き残った方々も長い間、身体的・精神的な苦しみを抱えて生きてこられたことを改めて知りました。
また、被爆体験を語っていただいた方のお話からは、資料や数字だけでは決して伝わらない、当時の恐怖や悲しみ、そして平和を願う強い思いを感じることができました。
原爆投下から81年が経過し、戦争や被爆の記憶を直接聞く機会は確実に少なくなっています。だからこそ、実際に広島を訪れ、見て、聞いて、感じた私たちが、その記憶を次の世代へつないでいくことが必要だと思います。
今回の学びを一過性のものとせず、職場の仲間や組合員にも伝えながら、平和について考える輪を少しずつ広げていきたいと思います。
貴重な機会をいただき、ありがとうございました。
三多摩ブロック地協
石川 清次(電機連合東京・富士電機労働組合東京支部)
今回「連合2026平和行動in広島」に参加し、平和の尊さと戦争の悲惨さを改めて学ぶ貴重な機会となりました。
私が広島市を訪れたのは小学生以来でした。当時も平和学習として平和記念資料館を見学しましたが、子どもの時分は被爆の悲惨さを十分に理解できていなかったように思います。しかし、大人になって改めて資料館を訪れると、一つひとつの展示や被爆者の証言がより現実味を持って伝わり、原爆によって奪われた多くの命や日常の重みを強く感じました。戦争によって失われるものの大きさを改めて認識し、平和の大切さを再確認する機会となりました。
今回の平和行動の中で、最も印象に残ったのは「連合2026平和ヒロシマ集会」での切明千枝子さんのお話です。切明さんは、広島がかつて「軍都広島」と呼ばれ、軍事都市として発展していた時代から、1945年8月6日の原爆投下、そして被爆直後の広島の惨状について語られました。被爆により街が一瞬で破壊され、多くの人が苦しみながら亡くなっていった状況を聞き、その悲惨さに胸が締め付けられる思いでした。特に心に残ったのは、現在の広島の街と被爆の歴史とのつながりについてのお話です。被爆直後の広島では、あまりにも多くの犠牲者が出たため、ご遺体を一人ひとり丁重に埋葬することができず、その場や近くの土地にやむを得ず埋葬しなければならなかったそうです。その後、広島は復興し、現在の街並みが築かれましたが、その地の下には今もなお被爆者の方々が眠っているかもしれないというお話がありました。私たちが何気なく歩いている場所にも、原爆によって命を奪われた方々が眠っている可能性があることを知り、戦争の傷跡は決して過去のものではなく、今も広島の地に刻まれているのだと感じました。同時に、多くの尊い犠牲の上に現在の平和な広島が築かれていることを決して忘れてはならないと思いました。
また、原爆死没者慰霊式において献花をする機会をいただき、犠牲となられた方々へ哀悼の意を捧げることができました。厳粛な雰囲気の中で平和への祈りを共有し、二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという思いを新たにしました。
労働組合は、働く仲間の雇用や労働条件を守るだけでなく、誰もが安心して働き暮らすことのできる平和な社会の実現を目指して活動しています。今回の平和行動を通じて、平和は決して当たり前ではなく、多くの犠牲の上に築かれていることを学びました。被爆体験を直接聞くことができる機会が少なくなっている今だからこそ、私たち一人ひとりが平和の大切さを学び、その思いを次世代へ語り継いでいく責任があると感じています。
今回広島で学んだことを忘れず、今後の組合活動の中でも平和の尊さを伝えていくとともに、誰もが安心して働き、暮らすことのできる社会の実現に向けて行動していきたいと思います。
オールユース(青年委員会)
平田 一揮(JEC連合東京・三菱ケミカル労働組合東京支部)
<「平和行動in広島」連合東京行程>
4日(火) 広島平和記念資料館を見学
5日(水) ピース・ウォーク(平和記念公園周辺) ※中止
被爆81年連合2026平和ヒロシマ集会に参加
連合・原爆死没者慰霊式に参加
6日(木) 長崎平和の鐘打鐘式に参加








