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「語り継ぐ戦争の実相と運動の継続で恒久平和を実現しよう」~連合2026平和行動 in 沖縄参加報告~
掲載日:2026年7月6日
6月23日(火)~24日(水)、すでに夏本番を迎えている沖縄にて「2026平和行動 in 沖縄」が開催され、連合東京からは徳重副事務局長、吉松三多摩ブロック地協吉松次長をはじめ、女性委員会・ブロック地協などから6名が参加しました。
今年は「語り継ぐ戦争の実相と運動の継続で恒久平和を実現しよう」をスローガンに掲げ、初日は「平和オキナワ集会」に参加しました。基調講演では、「報道から平和を問う」と題して、沖縄タイムス編集局長・赤嶺由紀子氏より、「戦争の記憶の風化を防ぐ」重要性についてお話がありました。
式典では、芳野友子・連合会長、仲宗根哲・連合沖縄会長、玉城デニー・沖縄県知事より、平和への強い想いが込められた挨拶が行われました。続いて、連合沖縄から連合広島への「平和の旗」引き継ぎがピースリレーとして実施され、その後、堀川恵・連合沖縄女性委員長による平和アピール提案と満場一致の採択をもって集会は締めくくられました。
二日目は「ピースフィールドワーク」の基地コースに参加しました。
【見学場所】
「平和記念公園・資料館」⇒「道の駅かでな(嘉手納飛行場)」⇒「チビチリガマ」⇒「嘉数高台(普天間基地)」
各所では、連合沖縄および連合大分の青年委員会の皆さんがピースガイドとして、当時の状況や今も続く課題について詳しく説明してくださいました。夕方には集会・デモが開催され、「米軍基地の整理・縮小」と「日米地位協定の抜本的見直し」などを訴えながら、沖縄のメインストリートである国際通りを行進しました。
戦後81年を迎える今、世界では依然として戦争や紛争が続いています。今こそ一人ひとりが平和について考え、行動することが求められています。連合東京はこれからも「平和行動」へ積極的に参加し、その思いを次の世代へと引き継いでいきます。
★参加者の感想★
私は普段、東京大空襲についての学びを深めていますが、「沖縄の歴史、そして今も続く現実をこの目で確かめたい」という強い思いから、今回の沖縄平和行動に参加しました。南部から中部、そして現在の街の中心地である県庁前まで、過去の爪痕と現在の課題が残る場所を巡ったことは、私にとって忘れられない経験となりました。
平和祈念公園には、沖縄戦で犠牲になられた国内外すべての人々の氏名が刻まれた「平和の礎(いしじ)」があります。これは平和の心を広く伝え、世界恒久平和の確立に寄与することを願って建てられたものだそうです。刻まれた圧倒的な数の名前を見つめながら、なぜ、24万2,659人もの尊い命が失われなければならなかったのか、この辛い過去を決して忘れてはならないと強く心に刻みました。
また、チビチリガマでは、集団強制死(「集団自決」)に追い込まれた方々の中に、まだ小さな子どもたちもたくさん含まれていたというお話を伺いました。もし自分の家族だったらと考え、胸が張り裂けそうな気持ちになりました。さらに嘉数高台公園では、トーチカ(陣地)の穴の周りに無数の銃弾の跡が残っているのを目にし、ここで本当に激しい地上戦があったのだと、当時の恐怖がリアルに伝わってきました。
歴史の爪痕に圧倒される一方で、現在の沖縄の姿にも大きな衝撃を受けました。道の駅かでなの展望台に立つと、ゴーという、耳を突き上げるような、隣の人の声すら聞こえなくなるほどの激しい爆音が鳴り響いていました。眼前に広がる嘉手納基地の景色は、私がこれまでイメージしていた「青い海と観光の島・沖縄」とは、まったく違うものでした。「もし、自分がここに暮らしていたらどうなるだろうか」と、深く考えさせられました。
そして、嘉数高台から普天間飛行場を見下ろしたとき、過去に激しい戦場となった場所のすぐ目の前で、今もなお変わらずに基地が存在し、飛行機が飛び続けているという現実に直面しました。過去の悲劇と現在の課題は、地続きでつながっているのだと実感し、私の中で平和への想いがより一層高まりました。
今回の平和行動を通じて、自分の目で見て、肌で感じるという大変貴重な経験をさせていただきました。本当にありがとうございました。
東部ブロック地協
金子 里美(情報労連東京・NTT労働組合 東京総支部 上野分会)
青い海と豊かな自然に囲まれた沖縄。しかし、今回のピースフィールドワークは、その美しい景色の中に刻まれた重い歴史と、今なお続く複雑な現実を私に突きつけるものでした。
沖縄県平和祈念資料館では、数多くの一般市民が巻き込まれた地上戦の惨状を知り、すべての犠牲者の名前が刻まれた「平和の礎」の前で命の重さに圧倒されました。その凄惨さをさらに強く実感したのが、チビチリガマでした。暗く静かなガマの前に立つと、追い詰められた住民たちがここで「集団自決」という悲しい選択をせざるを得なかった絶望が伝わり、胸が締め付けられました。ただ生きたいと願うことすら許されなかった当時の恐怖を想像すると、戦争は人間の尊厳をすべて奪う恐ろしいものだと感じました。
過去のみを知るだけでは終わりませんでした。道の駅かでなから見渡した嘉手納基地、そして数嘉高台から見下ろした普天間飛行場。そこで目にしたのは、今まさに私たちの目の前にある「現在の課題」でした。
住宅街や学校のすぐ隣に広大な基地が広がり、フェンス一枚を隔てて巨大な軍用機が爆音を響かせて飛び立っていく。日常の平穏が切り裂かれる瞬間を体感し、周辺に暮らす人々がどれほどの不安や危険と隣り合わせなのかを実感しました。沖縄戦の悲劇から長い年月が経った今も、沖縄の人々は基地負担という形で、戦争の地続きにある苦しみを背負わされ続けていると感じました。
今回のフィールドワークを終え、私はこれまで「平和」をどこか他人事のように捉えていたことに気づかされました。沖縄の痛みに目を背けず、現地で感じたガマの暗闇や軍用機の爆音を周囲に伝えていくこと。そして、今の平和な社会がどのような犠牲の上に成り立っているかを忘れないこと。それこそが、今回沖縄を訪れた私たちに課せられた責任であり、未来へ平和を繋ぐ第一歩だと思っています。
中南ブロック地協
戸塚 寛之(東京都電力総連・東京電力労働組合)
高校の修学旅行以来、四半世紀振りに沖縄の地で平和学習を行う機会をいただきました。修学旅行の直前に9.11同時多発テロが起き、米軍基地を抱える沖縄も危険であるとして、多くの学校が修学旅行をキャンセルしました。私の学校は2月ということもあり予定通り沖縄へ向かったのですが、沖縄と米軍基地の関わりについて痛感する出来事でした。修学旅行の事前学習で鑑賞した沖縄戦の凄惨な映像は、今でも鮮明に記憶に残っていますし、今回、平和祈念資料館で犠牲者の方々の写真を拝見し、悲劇の大きさを改めて強く実感させられました。
修学旅行では実際にガマの中へ入る経験もしました。暗闇の中で息を潜め、『生活』とは呼べない極限状態の中でも、人々は何とかして生き永らえようとしたはずです。しかし現実には、我が子を手にかけ、自ら命を絶たざるを得なかった人々が多くいたという、あまりにも凄惨な歴史を伺いました。現在、チビチリガマは墓地として遺族会により立ち入りが禁じられていますが、その入り口に立ち、犠牲になられた方々の御霊に深く祈りを捧げることができました。
今なお世界中では戦争や戦闘が絶えず、多くの民間人が犠牲になっています。平和の礎では、軍の上層部も民間人も命の重さは同じとして、刻名の大きさは全員均一という説明を受けました。「戦争は絶対にダメだ」という思いを強くすると同時に、今、大きな課題となっているのが戦争体験者や語り部の高齢化についても考えさせられました。今回のピースフィールドワークでは、連合沖縄および連合大分の青年委員会から4名の若きガイドの方々が案内をしてくれました。その中のお一人が、「沖縄では10歳頃から平和学習が始まるが、自分の祖父に当時のことを聞こうとしても口を噤んでしまった」と語ってくれたことが印象に残っています。自らの凄惨な実体験を語るということは、当時の恐怖や痛みを鮮明に思い出さなければならず、それ故に、語りたくないと記憶に蓋をしてしまう人も多いのではないかと推察します。
翻って自身の家族を思い返すと、私の祖父は片耳が聞こえなかった所為か口数が少ない人でしたが、ある日突然、空を指差して「戦闘機が焼夷弾を落としていくのを見た。大きく炎が上がった。」と、埼玉の自宅から東京大空襲を目撃した体験を語ってくれた事がありました。普段寡黙だった祖父が絞り出したその言葉の重みを、今になって改めて噛み締めています。
そうした中で、青年委員会の若者たちが熱心に事前学習を重ね、私達に真摯に説明案内をしてくれた姿には、深い尊敬と感謝の念を抱かざるを得ません。彼等の姿を見て、中年となった自分自身には一体何ができるだろうか、そしてこの受け取ったバトンをどう繋いでいくべきか、深く考えさせられる貴重な機会となりました。
女性委員会
鈴木 香織(JP労組東京)
今回初めて連合東京の平和行動に参加しました。
沖縄戦については子どもの頃から幾度となく学んできましたが、平和記念館で手記を読んだり、壕を目の当たりにすることで、人々が生活していた場が戦場となり、一般住民が巻き込まれたという現実に触れ、戦争の悲惨さをあらためて実感しました。
蒸し暑く、台風が近づく不穏な天候のなかで、81年前の人々はどのような思いでこの空気の中にいたのかと、思いを馳せる時間になりました。
基地問題については、これまでニュースで目にする機会はあったものの、自分自身の知識不足を痛感しました。基地自体が本当に必要なのか、現在の規模・場所である必要があるのか、また報道だけでは見えない一般市民の感情はどうなのか・・・
十分な理解がないまま良し悪しを語るべき問題ではないと感じました。
今回の体験をきっかけに、日米地位協定や基地問題について、自分なりに学び、沖縄の歴史と現在についてより理解を深めていきたいと思います。
平和行動は、さまざまな気づきを得る大変貴重な機会となりました。
自動車総連東京
畳谷 衣都(自動車総連・三菱自動車工業労働組合)
平和祈念公園の石碑に刻まれなければならなかった24万2659人の名前を見たとき、何を思うのだろうか。
集団死に追い詰められてしまったチビチリガマ、一方で多くの人が助かったシムクガマ。
嘉数高台から見下ろした「普天間基地とすぐ近くの保育園や大学」
沖縄の戦争について語るネットのSNSでは感じられない、何かずっしりと考えさせられるものがあった。
ピースウォークのガイドたちも話していたが、この平和行動で得た体験や感情は、今度は自分が周囲に伝えていかなければならない。それは当たり前の平和が尊い日常であり、人が人間じゃなくなる戦争を将来起こしてはならないという思いだと感じた。
連合東京事務局
吉松 龍一(三多摩ブロック地協・事務局次長)







